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広島地方裁判所 昭和53年(行ウ)21号 判決

原告 木下玉男

被告 広島県知事

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  双方の申立

原告は、「被告が訴外山下正雄に対して昭和五三年七月六日付で別紙目録記載(一)の建物についてした用途変更許可処分は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。

被告は、本案前の申立として主文同旨の判決を求め、本案に対する申立として「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

二  原告の請求原因

(一)  別紙目録記載(一)の建物(以下、本件建物という)は昭和五二年一〇月頃訴外山下光蔵によつて市街化調整区域に農業用倉庫として建築されたものであるところ、訴外山下正雄は、昭和五三年二月一三日付で被告に対し都市計画法四三条一項に基いて右建物の機械部品加工作業場への用途変更許可申請をし、被告は同年七月六日付で山下正雄に対し右申請にかかる用途変更許可処分(以下、本件許可処分という)をした。

(二)  しかしながら、本件許可処分は「既存の農業用倉庫を用途変更して機械部品加工作業場に利用するもの」としてなされたものであるが、本件建物は当初から機械部品加工作業場とする目的で建築されていて、農業用倉庫として使用されたことはないし、用途を機械部品加工作業場として建築するのでは被告において許可できないところから、一旦は形式上農業用倉庫として利用することとして、後に用途変更という手続がとられたのであつて、本件における都市計画法施行令三六条一項二号ハによる開発審査会の議決も右のような虚偽の申立に基くもので、しかも本件建物は市街化区域内に建築することは困難でなく、また著しく不適当でもないことは明らかである。したがつて、本件許可処分には、用途変更をしうる場合を厳しく限定する都市計画法四三条、同法施行令三六条に明白に違反した重大な瑕疵が存在しているから、無効である。

(三)  よつて本件許可処分が無効であることの確認を求める。

三  被告の本案前の主張

原告は本件許可処分に続く処分(かかる処分は存在しない)により損害を受けるおそれはなく、また本件許可処分は原告の権利義務に対し何ら直接具体的な法律上の効果を及ぼすものではない。しかも本件建物から原告宅までは一五メートル以上の距離があつて騒音等の影響はほとんどないし、仮に何らかの影響があつたとしても近隣居住者の受忍限度内である。したがつて、原告は本件許可処分の無効確認を求めるにつき法律上の利益を有しないから、本件訴は行政事件訴訟法三六条の原告適格を欠き、不適法として却下を免れない。

四  請求原因に対する被告の答弁

請求原因(一)の事実は認める。但し、本件建物の所在、構造、種類、建築面積は別紙目録記載(二)のとおりである。請求原因(二)は争う。

山下正雄は建築後間もなく本件建物を事実上機械部品加工作業場として使用していたが、右加工作業場としての使用を適法化するために本件の用途変更許可申請をした。そこで被告は、審査の上都市計画法四三条一項、二項、同法施行令三六条一項一号、二号ハ、二項、二六条、二九条所定の許可基準に合致しているものと認め、適法に本件許可処分をしたものであり、本件許可処分前に既に事実上用途が変更されていたとしても、その違法性は都市計画法八一条による監督処分等の対象となることはあつても、同法四三条一項の規定に基く本件許可処分の効力に何ら影響を及ぼさない。

五  被告の本案前の主張に対する原告の反論

原告は、本件建物に近接して居住していて、その建物内に設置されている鉄工所の設備に類する種々の工作機械の発する騒音に日夜悩まされているが、さらにトラツクの出入による騒音、排気ガス、火災の危険等も存在している。しかして、都市計画法は、その一条、二条で都市住民の健康で文化的な生活を追求し、七条では都市計画区域を市街化区域と市街化調整区域とに区分し、市街化調整区域は「市街化を抑制すべき区域」として開発行為を抑制し、快適な住空間の確保を企図しているが、同法四三条一項は、これらの規定を承けて、市街化調整区域のうち開発許可をうけた開発区域以外の区域における本件のような建物の用途変更については県知事の許可にかからしめている。してみると、都市計画法四三条は、当該建築物の近隣住民が騒音、火災等の危険を蒙ることなく平穏で安全な都市生活を送る利益を法的に保護したものであることが明らかであるから、原告には本件許可処分の無効確認を求める法律上の利益がある。

六  証拠関係〈省略〉

理由

一  山下正雄が昭和五三年二月一三日付で被告に対し都市計画法四三条一項に基いて本件建物の用途変更許可申請をし、被告が同年七月六日付で山下正雄に対し本件許可処分をしたことは当事者間に争いがない。

二  そこで原告が本件許可処分の無効確認を求めるにつき原告適格を有するか否かを検討するのに、この点につき行政事件訴訟法三六条は、当該無効な処分に続く処分により損害を受けるおそれのある者、その他当該処分の無効確認を求めるにつき法律上の利益を有する者で、現在の法律関係に関する訴によつて目的を達することができないものに限り、訴を提起することができるものとしているが、本件は都市計画法四三条一項に基く建物の用途変更許可申請に対して許可処分がなされた場合であつて、この処分に続いてさらに行政処分が行なわれるということは予想されないところであるから、結局本件においては右許可処分の無効確認を求めるにつき原告が法律上の利益を有するか否かが問題となる。

しかして、ここに法律上の利益というのは、法律上保護された利益であつて、それは当該処分の根拠となつた行政法規が私人等の個人的利益を個別的具体的に保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益を意味し、当該法規が個人的利益の保護以外の目的、特に公益の実現を目的として行政権の行使に一定の制約を課している結果たまたま特定個人が事実上受けることとなる反射的利益とは区別されるべきものである。

原告は、都市計画法がその一条、二条で都市住民の健康で文化的な生活を追求し、七条では都市計画区域を市街化区域と市街化調整区域とに区分し、市街化調整区域は「市街化を抑制すべき区域」として、開発行為を抑制し、快適な住空間の確保を企図しているとし、これらの規定を承けて、同法四三条一項が市街化調整区域のうち開発許可を受けた開発区域以外の区域における本件のような建物の用途変更については県知事の許可にかからしめているところからして、同法四三条は、当該建築物の近隣住民が騒音、火災等の危険を蒙ることなく平穏で安全な都市生活を送る利益を法的に保護したものであることが明らかであるとして、その原告適格を基礎づけようとしている。しかし、そこで主張される平穏で安全な都市生活を送る利益という概念自体抽象性を免れないことは別としても、都市計画法は、「都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、もつて国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与することを目的とする。」と規定しており(一条)、同法がその目的を「都市の健全な発展と秩序ある整備」、さらに具体的には、適正な制限のもとにおける「健康で文化的な都市生活及び機能的な都市活動」の確保(同法二条参照)という公益の実現においていることは明らかである。そして同法七条は、都市計画には、「無秩序な市街化を防止し、計画的な市街化を図るため」、都市計画区域を区分して、市街化区域及び市街化調整区域を定めるものとし(同条一項)、そのうち市街化調整区域は市街化を抑制すべき区域として(同条三項)、開発行為に対する制限は加重されている(三四条)のであるが、これは無秩序な市街化を防止して都市の健全な発展と秩序ある整備という公益の実現を図ろうとするものであると解されるし、また同法四三条一項が市街化調整区域のうち開発許可を受けた開発区域以外の区域内における建築物の用途変更等も原則として都道府県知事の許可にかからしめているのも市街化調整区域を定めた趣旨を担保し徹底しようとするもので、またその際の許可基準を定める同法施行令三六条が、その一項一号イで、排水路その他の排水施設による敷地内の下水の有効な排出並びにその排出による当該敷地及びその周辺の地域に対する溢水等による被害の防止について配慮しているのも無秩序な市街化を防止して都市の健全な発展と秩序ある整備という公益の実現を図ることの一環として当該敷地に一定水準の排水施設が整備されていること或いはされるべきことを定めたものと解されるから、同法四三条で本件建物の用途変更が県知事の許可にかからしめられ、またその許可基準が定められていることによつて、結果的に原告の居住環境が保護され平穏で安全な都市生活を送り得ることとなるとしても、それは結局のところ、同条が都市の健全な発展と秩序ある整備という公益の実現を目的とする都市計画法の趣旨を担保し徹底しようとしていることに由来する反射的利益に過ぎないものであつて、同条はそのような原告の利益を個別的具体的に保護することを目的としたものとは解されない。

そうすると、原告は本件許可処分の無効確認を求めるにつき法律上の利益を有しないもので、したがつて原告適格もないものという外ない。

三  以上によれば、本件訴は不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 森川憲明 大前和俊 吉田徹)

目録〈省略〉

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